南北戦争
フクロウ先生北部は初め「国を分けさせない」ために戦っていた。それが途中で「奴隷を自由にする」戦いにも変わったのはなぜか、1863年に注目しよう。
30秒でつかむ
- 商工業がさかんな北部と、奴隷を使って綿花をつくる南部は、貿易のしかたや奴隷制をめぐって対立していた。
- 1860年に奴隷制の拡大に反対するリンカンが大統領に選ばれると、南部の州は合衆国を離れ、翌年に戦争が始まった。
- 北部は1863年の奴隷解放宣言とゲティスバーグの戦いで優位に立ち、1865年に勝利した。同じ年、奴隷制は憲法で廃止される。
- いつ
- 1861年4月〜1865年4月
- どこ
- アメリカ合衆国(おもに南部の各地)
- 誰
- リンカン・ジェファソン=デヴィス・リー・グラント
- 何
- 合衆国を離れた南部11州と北部が戦い、北部が勝って国が再び一つになった
詳しく
背景
19世紀前半のアメリカ合衆国では、北部と南部で社会のしくみが大きく異なっていた。北部では商工業がさかんになり、イギリスの工業に対抗するために保護貿易を求めた。保護貿易とは、輸入品に高い税(関税)をかけるなどして、国内の産業を守るやり方である。南部では、黒人奴隷を働かせる大農園(プランテーション)で綿花をつくり、イギリスへ輸出していた。そのため南部は、外国と自由に取引する自由貿易を望む。西部に新しい州が生まれるたびに、そこで奴隷制を認めるかどうかで南北は対立した。1860年には、奴隷制を西部に広げることに反対する政党の共和党からリンカンが大統領に選ばれる。
流れ
リンカンが大統領に選ばれると、南部の州は次々に合衆国を離れた。1861年2月、南部の7州はアメリカ連合国(南部連合)という新しい国をつくり、ジェファソン=デヴィスを大統領に選ぶ。4月12日、南軍が、北軍の守るとりでのサムター要塞を砲撃し、戦争が始まった。南部連合にはのちに4州が加わり、11州となった。
北部は人口も工業の力も南部を大きく上まわっていた。それでも、東部の戦線ではリー将軍らの率いる南軍が北軍を苦しめ、戦争は長引いていく。北軍は海から南部の港をふさぎ、綿花の輸出を妨げた。1862年9月、リンカンは奴隷を解放するという予告の宣言を出す。これで、南部連合を国として認めかけていたイギリスなどは、南部に味方しにくくなった。1863年1月1日、リンカンは奴隷解放宣言を出し、合衆国に逆らって戦っている南部の地域の奴隷を自由にするとした。こうして戦争の目的に、奴隷の解放が加わったのである。宣言は黒人を陸軍や海軍に受け入れる方針も示し、終戦までに約20万人の黒人が北部の味方として戦った。
1863年7月、北軍はゲティスバーグの戦いで南軍を破り、戦いの流れは北部に傾く。11月、リンカンはこの戦場でゲティスバーグの演説を行い、「人民の、人民による、人民のための政治」をうたった。1865年4月9日、リーの率いる南軍の主力が北軍のグラント将軍に降伏し、戦争は事実上終わった。
結果
戦死や病死を合わせた両軍の死者は、約62万人とされる。アメリカ人の死者の数では、合衆国の歴史で最大の戦争であった。1865年12月には憲法修正第13条が成立し、合衆国の全体で奴隷制が廃止された。約400万人の黒人が奴隷の身分から解き放たれたが、その後も差別は長く残っていく。戦争中には、国の土地(公有地)に5年間住んで開拓した人に、その土地をほぼ無料で与えるホームステッド法も定められた。北部が中心となって国は再び一つになり、アメリカは工業国として大きく成長していった。
主な出来事
- リンカンが大統領に選ばれる
- 南部7州がアメリカ連合国をつくる
- 南軍がサムター要塞を砲撃し、戦争が始まる
- ホームステッド法が定められる
- 奴隷解放宣言
- ゲティスバーグの戦い
- リンカンのゲティスバーグの演説
- リーがグラントに降伏し、戦争が事実上終わる
- 憲法修正第13条が成立し、奴隷制が廃止される
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/american-civil-war/?from=print#quiz
1860年にアメリカ合衆国の大統領に選ばれ、南部の州が合衆国を離れるきっかけとなった人物は誰か。
- ◯ グラント
- ◯ ワシントン
- ◯ ジェファソン=デヴィス
- ◯ リンカン
正解:リンカン
奴隷制を西部に広げることに反対する共和党のリンカンが選ばれると、南部の州は次々に合衆国を離れた。ジェファソン=デヴィスは南部がつくったアメリカ連合国の大統領、グラントは北軍の将軍である。南北戦争の前、綿花をイギリスへ輸出していた南部が望んだ貿易のしかたは何か。
- ◯ 自由貿易
- ◯ 保護貿易
- ◯ 朝貢貿易
- ◯ 中継貿易
正解:自由貿易
南部は綿花を輸出していたので、外国と自由に取引する自由貿易を望んだ。商工業がさかんな北部は、輸入品に高い税(関税)をかけるなどして国内の産業を守る保護貿易を求めた。1863年1月1日にリンカンが出し、合衆国に反乱をおこしている地域の奴隷を自由にするとしたものは何か。
- ◯ 人権宣言
- ◯ ホームステッド法
- ◯ 奴隷解放宣言
- ◯ 独立宣言
正解:奴隷解放宣言
奴隷解放宣言によって、戦争の目的に奴隷の解放が加わった。ホームステッド法は、国の土地(公有地)に5年間住んで開拓した人に、その土地をほぼ無料で与える法律である。次の出来事を起きた順に並べよう。
- ( )リーがグラントに降伏する
- ( )南軍がサムター要塞を砲撃する
- ( )ゲティスバーグの戦いが起こる
- ( )リンカンが大統領に選ばれる
正解:リンカンが大統領に選ばれる → 南軍がサムター要塞を砲撃する → ゲティスバーグの戦いが起こる → リーがグラントに降伏する
リンカンが大統領に選ばれる(1860年)→南軍がサムター要塞を砲撃する(1861年4月)→ゲティスバーグの戦いが起こる(1863年7月)→リーがグラントに降伏する(1865年4月)。
単元のポイント
- 保護貿易 輸入品に高い税(関税)をかけるなどして、国内の産業を守るやり方。工業の北部が求めた
- 自由貿易 関税などの制限を少なくして、外国と自由に取引するやり方。綿花を輸出する南部が求めた
- アメリカ連合国 合衆国を離れた南部の州が、1861年につくった国。南部連合ともいう
- 奴隷解放宣言 1863年1月1日にリンカンが出した宣言。合衆国に反乱をおこしている地域の奴隷を自由にするとした
- 憲法修正第13条 1865年12月に成立した憲法の修正。合衆国のすべての地域で奴隷制を禁じた