
ナチス・ドイツ
フクロウ先生ヒトラーは武力で政権を奪ったのではなく、憲法にもとづく任命で首相になった。民主政治がどんな手順で壊されたのかを、順に見ていこう。
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- 第一次世界大戦(新しいタブで開きます)に負けたドイツでは、世界恐慌(新しいタブで開きます)で失業者があふれた。ナチ党は選挙で票を伸ばして最も票の多い第一党となり、1933年1月にヒトラー(新しいタブで開きます)が首相に任命された。
- ナチ党は全権委任法で政府が議会なしに法律を作れるようにし、ほかの政党を禁じて一党独裁を築いた。ユダヤ人への迫害も法律で進め、1934年にはヒトラーが国の最高指導者(総統)となる。
- ドイツは軍備を増やし、1939年にポーランドへ攻めこんで第二次世界大戦を始めた。大戦中に約600万人のユダヤ人を殺害し、1945年に敗れてナチ党の支配は終わった。
- いつ
- 1933〜1945年
- どこ
- ドイツ(大戦中はヨーロッパの占領地にも支配が広がる)
- 誰
- ヒトラー(ナチ党の党首・総統)
- 何
- 一党独裁のもとでユダヤ人を迫害し、第二次世界大戦を起こした
詳しく
背景
第一次世界大戦に負けたドイツでは皇帝による政治が終わり、国民の代表が政治を行うヴァイマル共和国が生まれた。しかし講和条約であるヴェルサイユ条約(新しいタブで開きます)で多額の賠償金を負い、国民の不満は高まる。ヒトラーの率いる政党のナチ党は、敗戦の責任をユダヤ人と共産主義者に押しつけて支持を求めた。ただし1928年の選挙で得た票は、3%にも届かなかった。1929年に世界的な不況である世界恐慌が始まると、ドイツには失業者があふれた。政党どうしの対立で、議会では法律を通すことも難しくなる。ナチ党は仕事を増やし、強い国を取りもどすと約束して票を伸ばす。1932年7月の選挙では37%を得て、最も票の多い第一党になった。
流れ
1933年1月30日、大統領のヒンデンブルクがヒトラーを首相に任命した。政権を武力で奪ったのでも、首相が国民の選挙で直接選ばれたのでもなく、憲法にもとづく任命である。古いしくみを守ろうとする保守派の政治家たちは、ナチ党の人気を利用できると考え、任命を後押しした。
翌月の2月27日、ベルリンで国会議事堂放火事件が起こる。翌日の大統領の命令は、憲法が保障する言論や集会の自由などを止めた。3月23日には議会が全権委任法を可決し、政府は議会の同意なしに法律を作れるようになる。共産党の議員81人全員と社会民主党の議員26人は、捕らえられるなどして出席できなかった。7月にはナチ党以外の政党が禁じられ、一つの党だけが政治を動かす一党独裁ができあがった。1934年8月にヒンデンブルクが亡くなると、ヒトラーは大統領の力もあわせ持つ国の最高指導者、総統となる。
ナチ党の組織である親衛隊は警察の力を握り、反対する人々やユダヤ人などを閉じこめる強制収容所を管理した。ユダヤ人への迫害は、1933年から法律でも進められていく。1935年のニュルンベルク法は、ユダヤ人から、政治に参加する権利を持つ市民の地位を奪った。ナチ党が「ドイツ人」とした人々との結婚も禁じている。1938年11月9〜10日には、ナチ党の指導部の主導で、各地のユダヤ人やその礼拝堂、店、家が襲われた。割れた窓ガラスが光ったことから、水晶の夜とよぶ。
結果
ヒトラーはヴェルサイユ条約をくつがえそうとし、1935年に再軍備を宣言した。軍備の制限を破り、国民に軍隊へ入る義務を負わせたのである。1938年には隣国のオーストリアを自国に組み入れ、チェコスロヴァキアのズデーテン地方も手に入れた。1939年9月1日、ドイツは東の隣国ポーランドへ攻めこみ、第二次世界大戦が始まる。大戦中、ドイツはヨーロッパのユダヤ人を組織的に殺害した。犠牲者は約600万人にのぼり、これをホロコーストという。1945年4月にヒトラーが自殺し、5月にドイツは降伏した。
主な出来事
- ナチ党が選挙で第一党になる
- ヒトラーが首相に任命される
- 国会議事堂が放火で焼ける
- 全権委任法が可決される
- ヒトラーが総統となる
- 再軍備を宣言する
- ニュルンベルク法を定める
- 水晶の夜が起こる
- ポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦が始まる
- ドイツが降伏する
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/nazi-germany/?from=print#quiz
1933年1月にヒトラーが首相になった手続きとして、正しいものはどれか。
- ◯ 大統領が憲法にもとづいて任命した
- ◯ 国民の直接選挙で選ばれた
- ◯ 国王が議会を解散して任命した
- ◯ 軍隊を使って政権を奪った
正解:大統領が憲法にもとづいて任命した
ナチ党は第一党だったが、首相は国民が直接選ぶ地位ではなく、憲法にもとづいて大統領が任命する決まりだった。1933年3月に可決された、政府が議会の同意なしに法律を作れるようにした法律を何というか。
- ◯ ニュルンベルク法
- ◯ 再軍備宣言
- ◯ ヴェルサイユ条約
- ◯ 全権委任法
正解:全権委任法
全権委任法によって、議会は政府を止める力を失った。可決のとき、共産党の議員全員と社会民主党の議員の一部は議会に出席できなかった。1935年に定められ、ユダヤ人から正式な市民の地位を奪った法律を何というか。
- ◯ ニュルンベルク法
- ◯ ミュンヘン協定
- ◯ ヴァイマル憲法
- ◯ 全権委任法
正解:ニュルンベルク法
ニュルンベルク法は、ユダヤ人から正式な市民の地位を奪い、ナチ党が「ドイツ人」とした人々との結婚も禁じた。ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に、ヨーロッパのユダヤ人を組織的に殺害したことを何というか。
- ◯ 水晶の夜
- ◯ 一党独裁
- ◯ ホロコースト
- ◯ 再軍備
正解:ホロコースト
犠牲になったユダヤ人は約600万人にのぼる。水晶の夜は、開戦前の1938年に起きたユダヤ人への襲撃事件である。
単元のポイント
- ナチ党 国民社会主義ドイツ労働者党の通称。ナチスともいう
- ヴァイマル共和国 第一次世界大戦のあとに生まれた、民主的な憲法を持つドイツの共和国
- 全権委任法 1933年に定められた、政府が議会の同意なしに法律を作れるようにした法律
- 総統 ヒトラーが名乗った地位。党首・首相・大統領の力を一人で持った
- 親衛隊 ヒトラーの護衛から始まったナチ党の組織。警察の力を握り、ユダヤ人などを閉じこめる強制収容所を管理した
- ニュルンベルク法 ユダヤ人から正式な市民の地位を奪い、ナチ党が「ドイツ人」とした人々との結婚を禁じた1935年の法律
- 水晶の夜 1938年11月9〜10日に、ナチ党の指導部の主導で、ユダヤ人やその礼拝堂、店、家が各地で襲われた事件
- ホロコースト ナチス・ドイツがヨーロッパのユダヤ人を組織的に殺害したこと