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ヴェルサイユ条約(じょうやく)

1919年・フランス(ヴェルサイユ)

フクロウ先生ヴェルサイユ条約(じょうやく)は、戦争(せんそう)を終(お)わらせる条約(じょうやく)であると同時(どうじ)に、戦後(せんご)の世界(せかい)のしくみを決(き)める条約(じょうやく)でもあった。ドイツに厳(きび)しい中身(なかみ)が、のちにどんな不満(ふまん)を生(う)んだかに注目(ちゅうもく)しよう。

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  1. 1919年(ねん)1月(がつ)、戦勝国(せんしょうこく)はパリ講和(こうわ)会議(かいぎ)を開(ひら)いた。敗(やぶ)れたドイツや、大戦(たいせん)から抜(ぬ)けたロシアは呼(よ)ばれず、大事(だいじ)な問題(もんだい)は大国(たいこく)の代表(だいひょう)が話(はな)し合(あ)って決(き)めた。
  2. 6月(がつ)28日(にち)、ヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)の「鏡(かがみ)の間(ま)」で条約(じょうやく)が調印(ちょういん)された。ドイツは植民地(しょくみんち)をすべて失(うしな)い、軍備(ぐんび)を制限(せいげん)され、賠償(ばいしょう)を支払(しはら)うことになった。
  3. 条約(じょうやく)の最初(さいしょ)の部分(ぶぶん)には国際連盟(こくさいれんめい)(新しいタブで開きます)の規約(きやく)が置(お)かれ、戦後(せんご)のヴェルサイユ体制(たいせい)の土台(どだい)となった。一方(いっぽう)、厳(きび)しい条約(じょうやく)へのドイツの不満(ふまん)は強(つよ)く残(のこ)る。
いつ
1919年(ねん)6月(がつ)28日(にち)に調印(ちょういん)(1920年(ねん)1月(がつ)10日(とおか)に効力(こうりょく)を持(も)った)
どこ
フランス・パリ郊外(こうがい)のヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)「鏡(かがみ)の間(ま)」
誰
連合国(れんごうこく)(アメリカ・イギリス・フランス・イタリア・日本(にっぽん)など)とドイツ
何
第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)(新しいタブで開きます)を終(お)わらせるための、連合国(れんごうこく)とドイツの講和条約(こうわじょうやく)

詳しく

背景(はいけい)

第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)が終(お)わると、戦後(せんご)の世界(せかい)をどう立(た)て直(なお)すかが問題(もんだい)となった。大戦(たいせん)でドイツに勝(か)った連合国(れんごうこく)は、1919年(ねん)1月(がつ)18日(にち)、パリでパリ講和(こうわ)会議(かいぎ)を開(ひら)く。会議(かいぎ)には27か国(こく)の代表(だいひょう)が集(あつ)まったが、敗(やぶ)れたドイツなどの国(くに)と、革命(かくめい)で大戦(たいせん)から抜(ぬ)けたロシアは呼(よ)ばれなかった。大事(だいじ)な問題(もんだい)は、日本(にっぽん)をふくむ5大国(たいこく)の代表(だいひょう)が話(はな)し合(あ)った。なかでもアメリカ・イギリス・フランス・イタリアの首相(しゅしょう)や大統領(だいとうりょう)が、中心(ちゅうしん)となって決(き)めていく。話(はな)し合(あ)いの土台(どだい)とされたのは、アメリカ大統領(だいとうりょう)ウィルソン(新しいタブで開きます)が前(まえ)の年(とし)に示(しめ)した平和(へいわ)の原則(げんそく)、十(じゅう)四(よん)か条(じょう)である。十(じゅう)四(よん)か条(じょう)は、秘密(ひみつ)の外交(がいこう)をやめることや、国(くに)どうしの争(あらそ)いを防(ふせ)ぐ国際(こくさい)的(てき)な組織(そしき)をつくることを訴(うった)えていた。

1919年5月27日、パリ講和会議の4首脳。左からイギリスのロイド・ジョージ、イタリアのオルランド、フランスのクレマンソー、アメリカのウィルソン(エドワード・N・ジャクソン撮影)『Big-Four-Paris 1919』 Edward N. Jackson(アメリカ陸軍通信隊)/パブリックドメイン

流(なが)れ

話(はな)し合(あ)いでは、国(くに)どうしの利害(りがい)がぶつかった。フランスは、ドイツへの厳(きび)しい処分(しょぶん)を強(つよ)く求(もと)める。イギリスもこれに近(ちか)い立場(たちば)をとり、条約(じょうやく)の中身(なかみ)はウィルソンの理想(りそう)から離(はな)れていった。5月(がつ)7日(なのか)、条約(じょうやく)の案(あん)がドイツに示(しめ)された。ドイツ国内(こくない)では怒(いか)りが広(ひろ)がったが、結局(けっきょく)は受(う)け入(い)れるしかなかった。

1919年(ねん)6月(がつ)28日(にち)、パリ郊外(こうがい)のヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)の「鏡(かがみ)の間(ま)」で、連合国(れんごうこく)とドイツの代表(だいひょう)が条約(じょうやく)に署名(しょめい)し、調印(ちょういん)が行(おこな)われる。ドイツは海外(かいがい)の植民地(しょくみんち)をすべて失(うしな)った。フランスとドイツの国境(こっきょう)地帯(ちたい)にあるアルザス・ロレーヌも、フランスに返(かえ)された。この地域(ちいき)は、1870〜71年(ねん)の普仏戦争(ふふつせんそう)(新しいタブで開きます)に勝(か)ったドイツが手(て)に入(い)れていたのである。ポーランドなどにも土地(とち)を渡(わた)し、ヨーロッパにあった領土(りょうど)の約(やく)10%を失(うしな)う。陸軍(りくぐん)は10万人(まんにん)以下(いか)とされ、空軍(くうぐん)を持(も)つことは禁(きん)じられた。ライン川沿(かわぞ)いのラインラントは、ドイツが軍隊(ぐんたい)を置(お)けない非(ひ)武装(ぶそう)の地域(ちいき)とされた。さらにドイツは、戦争(せんそう)で連合国(れんごうこく)に与(あた)えた損害(そんがい)の責任(せきにん)を負(お)わされ、賠償(ばいしょう)を支払(しはら)うことになる。賠償(ばいしょう)とは、戦争(せんそう)で生(しょう)じた損害(そんがい)を、お金(かね)や品物(しなもの)でつぐなうことである。

ウィリアム・オーペン『鏡の間での講和の調印』(1919年)。1919年6月28日の調印式を描いた絵『The Signing of Peace in the Hall of Mirrors, Versailles, 28th June 1919』 ウィリアム・オーペン/パブリックドメイン

結果(けっか)

条約(じょうやく)の最初(さいしょ)の部分(ぶぶん)には、国際連盟(こくさいれんめい)のしくみを定(さだ)めた規約(きやく)が置(お)かれた。国際連盟(こくさいれんめい)は争(あらそ)いを話(はな)し合(あ)いで解決(かいけつ)する組織(そしき)で、1920年(ねん)1月(がつ)10日(とおか)に生(う)まれる。この条約(じょうやく)などをもとにできた戦後(せんご)のヨーロッパのしくみを、ヴェルサイユ体制(たいせい)という。しかし、アメリカは調印(ちょういん)したものの、議会(ぎかい)の上院(じょういん)が反対(はんたい)して条約(じょうやく)を認(みと)めなかった。中国(ちゅうごく)も、山東(さんとう)半島(はんとう)のドイツの権利(けんり)を日本(にっぽん)が引(ひ)きつぐことに反対(はんたい)し、調印(ちょういん)しなかった。ドイツでは、条約(じょうやく)を「押(お)しつけられた命令(めいれい)」と呼(よ)んで恨(うら)む声(こえ)が強(つよ)かった。この不満(ふまん)は、のちに政権(せいけん)をにぎる政党(せいとう)ナチスに利用(りよう)されていく。

第一次世界大戦のあとにドイツが失ったヨーロッパの領土(薄い黄色の部分)と、国際連盟の管理のもとに置かれたダンツィヒとザール(緑の線で囲んだ部分)『German losses after WWI』 52 Pickup/CC BY-SA 2.5

主な出来事

  1. ウィルソンが十(じゅう)四(よん)か条(じょう)を発表(はっぴょう)する
  2. パリ講和(こうわ)会議(かいぎ)が始(はじ)まる
  3. 条約(じょうやく)の草案(そうあん)がドイツに示(しめ)される
  4. ヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)の鏡(かがみ)の間(ま)で条約(じょうやく)が調印(ちょういん)される
  5. 条約(じょうやく)が効力(こうりょく)を持(も)ち、国際連盟(こくさいれんめい)が生(う)まれる
  6. アメリカの上院(じょういん)の最後(さいご)の採決(さいけつ)で、条約(じょうやく)が認(みと)められなかった
  7. ドイツの賠償(ばいしょう)の総額(そうがく)が決(き)まる
  8. ドイツが条約(じょうやく)にそむいて、ラインラントに軍隊(ぐんたい)を入(い)れる

確認問題

問題 1 / 41919年(ねん)のパリ講和(こうわ)会議(かいぎ)に呼(よ)ばれなかった国(くに)はどれか。

確認問題(解答用紙)

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https://manazoo.com/history/treaty-of-versailles/?from=print#quiz

  1. 1919年(ねん)のパリ講和(こうわ)会議(かいぎ)に呼(よ)ばれなかった国(くに)はどれか。

    • ◯ フランスとアメリカ
    • ◯ ドイツとロシア
    • ◯ イギリスとイタリア
    • ◯ アメリカと日本(にっぽん)

    正解:ドイツとロシア
    パリ講和(こうわ)会議(かいぎ)は戦勝国(せんしょうこく)の会議(かいぎ)だった。敗(やぶ)れたドイツなどの国(くに)と、革命(かくめい)で大戦(たいせん)から抜(ぬ)けたロシアは呼(よ)ばれなかった。

  2. 1919年(ねん)6月(がつ)28日(にち)、ヴェルサイユ条約(じょうやく)が調印(ちょういん)された場所(ばしょ)はどこか。

    • ◯ ウィーンの王宮(おうきゅう)
    • ◯ ジュネーヴの国際連盟(こくさいれんめい)の本部(ほんぶ)
    • ◯ ヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)の鏡(かがみ)の間(ま)
    • ◯ ロンドンの議会(ぎかい)

    正解:ヴェルサイユ宮殿の鏡の間
    条約(じょうやく)はパリ郊外(こうがい)のヴェルサイユ宮殿(きゅうでん)の「鏡(かがみ)の間(ま)」で調印(ちょういん)された。会議(かいぎ)そのものはパリで開(ひら)かれたので、パリ講和(こうわ)会議(かいぎ)とよばれる。

  3. ヴェルサイユ条約(じょうやく)でドイツについて決(き)められたこととして、正(ただ)しいものはどれか。

    • ◯ 陸軍(りくぐん)を自由(じゆう)に増(ふ)やせることになった
    • ◯ 連合国(れんごうこく)から賠償(ばいしょう)を受(う)け取(と)ることになった
    • ◯ 海外(かいがい)の植民地(しょくみんち)をすべて失(うしな)った
    • ◯ アルザス・ロレーヌを手(て)に入(い)れた

    正解:海外の植民地をすべて失った
    ドイツは海外(かいがい)の植民地(しょくみんち)をすべて失(うしな)い、アルザス・ロレーヌをフランスに返(かえ)した。陸軍(りくぐん)は10万人(まんにん)以下(いか)とされ、連合国(れんごうこく)に賠償(ばいしょう)を支払(しはら)うことになった。

  4. ヴェルサイユ条約(じょうやく)の最初(さいしょ)の部分(ぶぶん)に規約(きやく)が置(お)かれ、1920年(ねん)に生(う)まれた国際(こくさい)的(てき)な組織(そしき)を何(なん)というか。

    • ◯ 国際連盟(こくさいれんめい)
    • ◯ 国際連合(こくさいれんごう)
    • ◯ コミンテルン
    • ◯ ウィーン会議(かいぎ)

    正解:国際連盟
    条約(じょうやく)の最初(さいしょ)の部分(ぶぶん)には、国際連盟(こくさいれんめい)(新しいタブで開きます)のしくみを定(さだ)めた規約(きやく)が置(お)かれた。国際連盟(こくさいれんめい)は、1920年(ねん)1月(がつ)10日(とおか)に生(う)まれた。

単元のポイント

  • パリ講和(こうわ)会議(かいぎ) 1919年(ねん)1月(がつ)からパリで開(ひら)かれた、第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)の後始末(あとしまつ)を話(はな)し合(あ)う会議(かいぎ)。敗(やぶ)れた国々(くにぐに)とロシアは参加(さんか)できなかった
  • 十(じゅう)四(よん)か条(じょう) 1918年(ねん)1月(がつ)にアメリカ大統領(だいとうりょう)ウィルソンが示(しめ)した戦後(せんご)の平和(へいわ)の原則(げんそく)。秘密(ひみつ)の外交(がいこう)をやめ、平和(へいわ)のための国際組織(こくさいそしき)をつくることなどを訴(うった)えた
  • 賠償(ばいしょう) 戦争(せんそう)で生(しょう)じた損害(そんがい)を、お金(かね)や品物(しなもの)でつぐなうこと。ドイツの賠償(ばいしょう)の総額(そうがく)は1921年(ねん)に決(き)まった
  • アルザス・ロレーヌ フランスとドイツの国境(こっきょう)にある地域(ちいき)。1870〜71年(ねん)の普仏戦争(ふふつせんそう)に勝(か)ったドイツが手(て)に入(い)れ、この条約(じょうやく)でフランスに返(かえ)された
  • ラインラント ライン川沿(かわぞ)いのドイツの地域(ちいき)。この条約(じょうやく)で、ドイツが軍隊(ぐんたい)を置(お)けない非(ひ)武装(ぶそう)の地域(ちいき)とされた
  • ヴェルサイユ体制(たいせい) ヴェルサイユ条約(じょうやく)を中心(ちゅうしん)とする講和条約(こうわじょうやく)をもとにできた、大戦後(たいせんご)のヨーロッパの国際(こくさい)関係(かんけい)のしくみ
問題を解く
単元のポイント
  • パリ講和(こうわ)会議(かいぎ) 1919年(ねん)1月(がつ)からパリで開(ひら)かれた、第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)の後始末(あとしまつ)を話(はな)し合(あ)う会議(かいぎ)。敗(やぶ)れた国々(くにぐに)とロシアは参加(さんか)できなかった
  • 十(じゅう)四(よん)か条(じょう) 1918年(ねん)1月(がつ)にアメリカ大統領(だいとうりょう)ウィルソンが示(しめ)した戦後(せんご)の平和(へいわ)の原則(げんそく)。秘密(ひみつ)の外交(がいこう)をやめ、平和(へいわ)のための国際組織(こくさいそしき)をつくることなどを訴(うった)えた
  • 賠償(ばいしょう) 戦争(せんそう)で生(しょう)じた損害(そんがい)を、お金(かね)や品物(しなもの)でつぐなうこと。ドイツの賠償(ばいしょう)の総額(そうがく)は1921年(ねん)に決(き)まった
  • アルザス・ロレーヌ フランスとドイツの国境(こっきょう)にある地域(ちいき)。1870〜71年(ねん)の普仏戦争(ふふつせんそう)に勝(か)ったドイツが手(て)に入(い)れ、この条約(じょうやく)でフランスに返(かえ)された
  • ラインラント ライン川沿(かわぞ)いのドイツの地域(ちいき)。この条約(じょうやく)で、ドイツが軍隊(ぐんたい)を置(お)けない非(ひ)武装(ぶそう)の地域(ちいき)とされた
  • ヴェルサイユ体制(たいせい) ヴェルサイユ条約(じょうやく)を中心(ちゅうしん)とする講和条約(こうわじょうやく)をもとにできた、大戦後(たいせんご)のヨーロッパの国際(こくさい)関係(かんけい)のしくみ