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三部会(さんぶかい)

1302〜1789年・フランス

フクロウ先生「1身分(みぶん)1票(ぴょう)」か「1人(ひとり)1票(ぴょう)」か。数(かぞ)え方(かた)ひとつで勝(か)ち負(ま)けが変(か)わることから考(かんが)えると、対立(たいりつ)の理由(りゆう)が見(み)えてくる。

30秒でつかむ

  1. 聖職者(せいしょくしゃ)・貴族(きぞく)・平民(へいみん)の3つの身分(みぶん)の代表(だいひょう)が集(あつ)まる議会(ぎかい)で、1302年(ねん)に始(はじ)まった。
  2. 絶対王政(ぜったいおうせい)(新しいタブで開きます)のもとで長(なが)く開(ひら)かれなかったが、財政難(ざいせいなん)に苦(くる)しむルイ16世(せい)(新しいタブで開きます)が1789年(ねん)に招集(しょうしゅう)した。
  3. 議決(ぎけつ)の方法(ほうほう)をめぐって対立(たいりつ)し、第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます)を中心(ちゅうしん)とする議員(ぎいん)が国民議会(こくみんぎかい)(新しいタブで開きます)を名(な)のったことが、革命(かくめい)の大(おお)きな転機(てんき)となった。
いつ
1302〜1789年(ねん)(1789年(ねん)は5月(がつ)5日(いつか)に開会(かいかい))
どこ
フランス(1789年(ねん)はヴェルサイユ)
誰
フィリップ4世(せい)・ルイ16世(せい)・シエイエス(新しいタブで開きます)
何
議決(ぎけつ)の方法(ほうほう)をめぐる対立(たいりつ)から、国民議会(こくみんぎかい)が生(う)まれた

詳しく

背景(はいけい)

三部会(さんぶかい)は、聖職者(せいしょくしゃ)(第(だい)一(いち)身分(みぶん))・貴族(きぞく)(第(だい)二(に)身分(みぶん))・平民(へいみん)(第三身分(だいさんみぶん))の3つの身分(みぶん)の代表(だいひょう)からなるフランスの議会(ぎかい)である。1302年(ねん)、国王(こくおう)フィリップ4世(せい)が教皇(きょうこう)ボニファティウス8世(せい)との争(あらそ)いのなかで、国内(こくない)の支持(しじ)を集(あつ)めるために招集(しょうしゅう)したのが始(はじ)まりとされる。常(つね)に開(ひら)かれる議会(ぎかい)ではなく、国王(こくおう)は課税(かぜい)などの重要(じゅうよう)な問題(もんだい)について意見(いけん)や同意(どうい)を求(もと)めるときに招集(しょうしゅう)した。しかし国王(こくおう)が議会(ぎかい)に頼(たよ)らずに国(くに)を治(おさ)める絶対王政(ぜったいおうせい)が強(つよ)まると、1614年(ねん)の招集(しょうしゅう)を最後(さいご)に開(ひら)かれなくなった。身分(みぶん)による特権(とっけん)を土台(どだい)にした、この革命(かくめい)前(まえ)の社会(しゃかい)を旧(きゅう)制度(せいど)(アンシャン=レジーム)とよぶ。

第三身分が聖職者と貴族の重みを背負う姿を風刺した、1789年ごろの版画『Il faut espérer que ce jeu-là finira bientôt』 作者不明(米国議会図書館所蔵)/パブリックドメイン

流(なが)れ

18世紀(せいき)後半(こうはん)、財政難(ざいせいなん)に苦(くる)しむ国王(こくおう)ルイ16世(せい)は、特権身分(とっけんみぶん)にも税(ぜい)をかけようとした。特権身分(とっけんみぶん)の反発(はんぱつ)で改革(かいかく)が行(い)き詰(づ)まり、三部会(さんぶかい)の招集(しょうしゅう)を求(もと)める声(こえ)が強(つよ)まったため、国王(こくおう)は1789年(ねん)に開(ひら)くことを決(き)めた。第三身分(だいさんみぶん)の議員(ぎいん)の数(かず)は、ほかの2つの身分(みぶん)の合計(ごうけい)をわずかに上回(うわまわ)るまで増(ふ)やされる。各地(かくち)では、人々(ひとびと)の要望(ようぼう)をまとめた陳情(ちんじょう)書(しょ)(カイエ)がつくられた。開会(かいかい)を前(まえ)に、聖職者(せいしょくしゃ)のシエイエスは『第三身分(だいさんみぶん)とは何(なに)か』を著(あらわ)し、国民(こくみん)の大(だい)部分(ぶぶん)を占(し)める第三身分(だいさんみぶん)こそが国民(こくみん)だと訴(うった)えた。

1789年(ねん)5月(がつ)5日(いつか)、三部会(さんぶかい)はヴェルサイユで開(ひら)かれた。ところが、議決(ぎけつ)を身分(みぶん)ごとに1票(ぴょう)とするか、議員(ぎいん)1人(ひとり)に1票(ぴょう)とするかで対立(たいりつ)が起(お)こる。身分(みぶん)ごとに数(かぞ)えると、特権身分(とっけんみぶん)(聖職者(せいしょくしゃ)と貴族(きぞく))の2票(ひょう)に対(たい)して第三身分(だいさんみぶん)は1票(ぴょう)にとどまるからである。話(はな)し合(あ)いが進(すす)まないまま、6月(がつ)17日(にち)、第三身分(だいさんみぶん)の議員(ぎいん)は自分(じぶん)たちこそ国民(こくみん)の代表(だいひょう)だとして国民議会(こくみんぎかい)を名(な)のった。20日(はつか)には、憲法(けんぽう)ができるまで解散(かいさん)しないと誓(ちか)う(球戯場(きゅうぎじょう)の誓(ちか)い)。

1789年5月5日の三部会の開会を描いた、1839年制作の歴史画『Ouverture des États généraux, 5 mai 1789』 Auguste Couder(画、1839年)/パブリックドメイン

結果(けっか)

国王(こくおう)は6月(がつ)27日(にち)、第(だい)一(いち)・第(だい)二(に)身分(みぶん)の議員(ぎいん)にも国民議会(こくみんぎかい)へ加(くわ)わるよう命(めい)じた。こうして三部会(さんぶかい)は身分(みぶん)ごとの議会(ぎかい)としての役目(やくめ)を終(お)え、国民議会(こくみんぎかい)(7月(がつ)9日(ここのか)からは憲法(けんぽう)制定(せいてい)国民議会(こくみんぎかい))が新(あたら)しい憲法(けんぽう)づくりを進(すす)めていく。身分(みぶん)の違(ちが)いを前提(ぜんてい)にした議会(ぎかい)が国民(こくみん)の代表(だいひょう)による議会(ぎかい)へと変(か)わったことで、旧来(きゅうらい)の政治(せいじ)のしくみは大(おお)きく揺(ゆ)らいでいく。

主な出来事

  1. フィリップ4世(せい)が初(はじ)めて招集(しょうしゅう)
  2. 革命(かくめい)前(まえ)の最後(さいご)の招集(しょうしゅう)
  3. シエイエス『第三身分(だいさんみぶん)とは何(なに)か』
  4. ヴェルサイユで開会(かいかい)
  5. 第三身分(だいさんみぶん)を中心(ちゅうしん)とする議員(ぎいん)が国民議会(こくみんぎかい)を名(な)のる
  6. 球戯場(きゅうぎじょう)の誓(ちか)い
  7. 国王(こくおう)が全(ぜん)議員(ぎいん)に国民議会(こくみんぎかい)への合流(ごうりゅう)を命(めい)じる

確認問題

問題 1 / 4フランス革命(かくめい)(新しいタブで開きます)のきっかけになった三部会(さんぶかい)が開(ひら)かれた年(とし)は?

確認問題(解答用紙)

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https://manazoo.com/history/estates-general/?from=print#quiz

  1. フランス革命(かくめい)(新しいタブで開きます)のきっかけになった三部会(さんぶかい)が開(ひら)かれた年(とし)は?

    • ◯ 1689年(ねん)
    • ◯ 1789年(ねん)
    • ◯ 1799年(ねん)
    • ◯ 1848年(ねん)

    正解:1789年
    同(おな)じ1789年(ねん)の5月(がつ)に三部会(さんぶかい)、7月(がつ)にバスティーユ襲撃(しゅうげき)(新しいタブで開きます)、8月(がつ)に人権宣言(じんけんせんげん)(新しいタブで開きます)。1年(ねん)の中(なか)の順番(じゅんばん)でまとめて覚(おぼ)える。

  2. 三部会(さんぶかい)で、第三身分(だいさんみぶん)の議員(ぎいん)が「議員(ぎいん)1人(ひとり)に1票(ぴょう)」の議決(ぎけつ)を求(もと)めたのはなぜ?

    • ◯ 身分(みぶん)ごとに数(かぞ)えると、特権身分(とっけんみぶん)の2票(ひょう)に対(たい)して1票(ぴょう)にとどまるから
    • ◯ 第三身分(だいさんみぶん)の議員(ぎいん)の数(かず)が最(もっと)も少(すく)なかったから
    • ◯ 国王(こくおう)が議員(ぎいん)1人(ひとり)1票(ぴょう)を禁(きん)じていたから
    • ◯ 聖職者(せいしょくしゃ)と貴族(きぞく)が出席(しゅっせき)しなかったから

    正解:身分ごとに数えると、特権身分の2票に対して1票にとどまるから
    第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます)の議員(ぎいん)はほかの2身分(みぶん)の合計(ごうけい)をわずかに上回(うわまわ)っていた。1人(ひとり)1票(ぴょう)なら多数(たすう)を取(と)れる見込(みこ)みがあったが、身分(みぶん)ごとだと2対(たい)1で負(ま)けてしまう。

  3. 1302年(ねん)に初(はじ)めて三部会(さんぶかい)を招集(しょうしゅう)したフランスの国王(こくおう)は?

    • ◯ ルイ14世(せい)
    • ◯ アンリ4世(せい)
    • ◯ ルイ16世(せい)
    • ◯ フィリップ4世(せい)

    正解:フィリップ4世
    教皇(きょうこう)ボニファティウス8世(せい)と争(あらそ)ったとき、国内(こくない)の支持(しじ)を集(あつ)めるために招集(しょうしゅう)した。

  4. 次(つぎ)の出来事(できごと)を起(お)きた順(じゅん)に並(なら)べよう。

    • ( )人権宣言(じんけんせんげん)
    • ( )三部会(さんぶかい)の開会(かいかい)
    • ( )ルイ16世(せい)の処刑(しょけい)
    • ( )バスティーユ牢獄(ろうごく)襲撃(しゅうげき)

    正解:三部会の開会 → バスティーユ牢獄襲撃 → 人権宣言 → ルイ16世の処刑
    三部会(さんぶかい)の開会(かいかい)(1789年(ねん)5月(がつ))→バスティーユ牢獄(ろうごく)襲撃(しゅうげき)(7月(がつ))→人権宣言(じんけんせんげん)(8月(がつ))→ルイ16世(せい)(新しいタブで開きます)の処刑(しょけい)(1793年(ねん)1月(がつ))。

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