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シエイエス

1748〜1836年・フランス

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  1. 1789年(ねん)初(はじ)めに『第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます)とは何(なに)か』を出(だ)し、第三身分(だいさんみぶん)こそが本当(ほんとう)の国民(こくみん)だと訴(うった)えて世論(よろん)を動(うご)かした。
  2. 三部会(さんぶかい)(新しいタブで開きます)で平民(へいみん)(第三身分(だいさんみぶん))の代表(だいひょう)に選(えら)ばれ、三部会(さんぶかい)を国民議会(こくみんぎかい)(新しいタブで開きます)に改(あらた)める動(うご)きの先頭(せんとう)に立(た)った。
  3. 1799年(ねん)にナポレオン(新しいタブで開きます)と組(く)んでブリュメール18日(にち)のクーデタ(新しいタブで開きます)を起(お)こし、臨時政府(りんじせいふ)で3人(にん)の統領(とうりょう)の1人(ひとり)となった。

詳しく

背景(はいけい)

1748年(ねん)、南(みなみ)フランスの地中海(ちちゅうかい)に面(めん)した町(まち)フレジュスに生(う)まれた。神学校(しんがっこう)で学(まな)んで聖職者(せいしょくしゃ)となり、教会(きょうかい)の仕事(しごと)についた。神学校(しんがっこう)は、聖職者(せいしょくしゃ)を育(そだ)てる学校(がっこう)である。そのころのフランスは、聖職者(せいしょくしゃ)・貴族(きぞく)・平民(へいみん)の3つの身分(みぶん)に分(わ)かれている。聖職者(せいしょくしゃ)と貴族(きぞく)は税(ぜい)を免除(めんじょ)されるなどの特権(とっけん)をもち、平民(へいみん)は税(ぜい)を負(お)いながら、政治(せいじ)に意見(いけん)を言(い)う力(ちから)はほとんどなかった。シエイエスは啓蒙思想(けいもうしそう)(新しいタブで開きます)の影響(えいきょう)を受(う)けた。啓蒙思想(けいもうしそう)は、人間(にんげん)の理性(りせい)によって古(ふる)い権威(けんい)や考(かんが)えを見直(みなお)そうとする考(かんが)え方(かた)である。こうしてシエイエスは、身分(みぶん)のしくみを強(つよ)く批判(ひはん)するようになる。

流(なが)れ

1789年(ねん)初(はじ)め、シエイエスは小(しょう)冊子(さっし)『第三身分(だいさんみぶん)とは何(なに)か』を出(だ)した。平民(へいみん)である第三身分(だいさんみぶん)こそが本当(ほんとう)の国民(こくみん)だと説(と)き、大(おお)きな反響(はんきょう)を呼(よ)ぶ。同(おな)じ年(とし)の三部会(さんぶかい)では、第三身分(だいさんみぶん)の代表(だいひょう)に選(えら)ばれた。三部会(さんぶかい)は、3つの身分(みぶん)の代表(だいひょう)が集(あつ)まる議会(ぎかい)である。シエイエスは三部会(さんぶかい)を、身分(みぶん)に分(わ)かれずに国民(こくみん)を代表(だいひょう)する国民議会(こくみんぎかい)に改(あらた)める動(うご)きの先頭(せんとう)に立(た)ち、身分(みぶん)制(せい)をなくす理論(りろん)を示(しめ)した。1792年(ねん)には、新(あたら)しく開(ひら)かれた議会(ぎかい)である国民公会(こくみんこうかい)(新しいタブで開きます)の議員(ぎいん)となる。翌年(よくねん)1月(がつ)には、国王(こくおう)ルイ16世(せい)(新しいタブで開きます)の処刑(しょけい)に賛成(さんせい)した。しかし山岳派(さんがくは)(新しいタブで開きます)が力(ちから)を握(にぎ)ると、反対(はんたい)する人々(ひとびと)を次々(つぎつぎ)に捕(と)らえて処刑(しょけい)する恐怖政治(きょうふせいじ)(新しいタブで開きます)が始(はじ)まる。シエイエスは目立(めだ)つ動(うご)きを控(ひか)え、この時期(じき)を生(い)きのびた。

結果(けっか)

1799年(ねん)、総裁政府(そうさいせいふ)(新しいタブで開きます)の一員(いちいん)だったシエイエスは、ナポレオンと手(て)を結(むす)んだ。そして、総裁政府(そうさいせいふ)を倒(たお)して権力(けんりょく)を握(にぎ)るブリュメール18日(にち)のクーデタを成功(せいこう)させた。クーデタ直後(ちょくご)の臨時政府(りんじせいふ)では、3人(にん)の統領(とうりょう)の1人(ひとり)となる。しかし政治(せいじ)を動(うご)かす力(ちから)はナポレオンに握(にぎ)られ、まもなく統領(とうりょう)を退(しりぞ)いた。のちに王政(おうせい)がもどると、国王(こくおう)の処刑(しょけい)に賛成(さんせい)したことを責(せ)められて国外(こくがい)へ逃(のが)れる。1830年(ねん)の七月(しちがつ)革命(かくめい)(新しいタブで開きます)の後(のち)に帰国(きこく)し、1836年(ねん)にパリで亡(な)くなった。

確認問題

問題 1 / 31789年(ねん)初(はじ)め、シエイエスが出(だ)した小(しょう)冊子(さっし)の題名(だいめい)は?

確認問題(解答用紙)

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  1. 1789年(ねん)初(はじ)め、シエイエスが出(だ)した小(しょう)冊子(さっし)の題名(だいめい)は?

    • ◯ 『第三身分(だいさんみぶん)とは何(なに)か』
    • ◯ 『統治二論(とうちにろん)』
    • ◯ 『社会契約論(しゃかいけいやくろん)』
    • ◯ 『法(ほう)の精神(せいしん)』

    正解:『第三身分とは何か』
    シエイエスは1789年(ねん)初(はじ)めに『第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます)とは何(なに)か』を出(だ)し、平民(へいみん)である第三身分(だいさんみぶん)こそが本当(ほんとう)の国民(こくみん)だと訴(うった)えた。

  2. シエイエスが『第三身分(だいさんみぶん)とは何(なに)か』で訴(うった)えた内容(ないよう)として正(ただ)しいものは?

    • ◯ 貴族(きぞく)の特権(とっけん)を守(まも)るべきである
    • ◯ 第三身分(だいさんみぶん)こそを本当(ほんとう)の国民(こくみん)と認(みと)めるべきである
    • ◯ 聖職者(せいしょくしゃ)だけが政治(せいじ)を行(おこな)うべきである
    • ◯ 国王(こくおう)の力(ちから)をもっと強(つよ)めるべきである

    正解:第三身分こそを本当の国民と認めるべきである
    シエイエスは、平民(へいみん)である第三身分(だいさんみぶん)こそが本当(ほんとう)の国民(こくみん)だと説(と)いた。この主張(しゅちょう)は大(おお)きな反響(はんきょう)を呼(よ)び、革命(かくめい)に向(む)かう人々(ひとびと)の意見(いけん)(世論(よろん))を動(うご)かした。

  3. 1799年(ねん)、シエイエスがナポレオンと組(く)んで起(お)こした出来事(できごと)は?

    • ◯ テルミドール9日(ここのか)のクーデタ
    • ◯ ヴァレンヌ逃亡事件(とうぼうじけん)
    • ◯ ブリュメール18日(にち)のクーデタ
    • ◯ 七月(しちがつ)革命(かくめい)

    正解:ブリュメール18日のクーデタ
    当時(とうじ)の政府(せいふ)である総裁政府(そうさいせいふ)(新しいタブで開きます)の一員(いちいん)だったシエイエスは、1799年(ねん)にナポレオン(新しいタブで開きます)と組(く)んでブリュメール18日(にち)のクーデタ(新しいタブで開きます)を起(お)こした。クーデタ直後(ちょくご)の臨時政府(りんじせいふ)では、3人(にん)の統領(とうりょう)の1人(ひとり)となった。

単元のポイント

  • 第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます) 革命(かくめい)前(まえ)のフランスで、聖職者(せいしょくしゃ)(第(だい)一(いち)身分(みぶん))と貴族(きぞく)(第(だい)二(に)身分(みぶん))を除(のぞ)いた平民(へいみん)。国民(こくみん)の大(だい)多数(たすう)を占(し)めたが、政治(せいじ)に意見(いけん)を言(い)う力(ちから)はほとんどなかった
  • 国民議会(こくみんぎかい)(新しいタブで開きます) 1789年(ねん)、身分(みぶん)ごとの代表(だいひょう)の会議(かいぎ)(三部会(さんぶかい))を改(あらた)めて生(う)まれた議会(ぎかい)。のちに3つの身分(みぶん)の議員(ぎいん)がそろい、免税(めんぜい)など身分(みぶん)による特権(とっけん)をなくすことを決(き)めた
  • 統領政府(とうりょうせいふ)(新しいタブで開きます) ブリュメール18日(にち)のクーデタの後(のち)にできた政府(せいふ)。シエイエスは初(はじ)めの臨時政府(りんじせいふ)でナポレオンとともに統領(とうりょう)となったが、まもなく退(しりぞ)いた

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  • 第三身分(だいさんみぶん)(新しいタブで開きます) 革命(かくめい)前(まえ)のフランスで、聖職者(せいしょくしゃ)(第(だい)一(いち)身分(みぶん))と貴族(きぞく)(第(だい)二(に)身分(みぶん))を除(のぞ)いた平民(へいみん)。国民(こくみん)の大(だい)多数(たすう)を占(し)めたが、政治(せいじ)に意見(いけん)を言(い)う力(ちから)はほとんどなかった
  • 国民議会(こくみんぎかい)(新しいタブで開きます) 1789年(ねん)、身分(みぶん)ごとの代表(だいひょう)の会議(かいぎ)(三部会(さんぶかい))を改(あらた)めて生(う)まれた議会(ぎかい)。のちに3つの身分(みぶん)の議員(ぎいん)がそろい、免税(めんぜい)など身分(みぶん)による特権(とっけん)をなくすことを決(き)めた
  • 統領政府(とうりょうせいふ)(新しいタブで開きます) ブリュメール18日(にち)のクーデタの後(のち)にできた政府(せいふ)。シエイエスは初(はじ)めの臨時政府(りんじせいふ)でナポレオンとともに統領(とうりょう)となったが、まもなく退(しりぞ)いた