シエイエス
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- 1789年初めに『第三身分(新しいタブで開きます)とは何か』を出し、第三身分こそが本当の国民だと訴えて世論を動かした。
- 三部会(新しいタブで開きます)で平民(第三身分)の代表に選ばれ、三部会を国民議会(新しいタブで開きます)に改める動きの先頭に立った。
- 1799年にナポレオン(新しいタブで開きます)と組んでブリュメール18日のクーデタ(新しいタブで開きます)を起こし、臨時政府で3人の統領の1人となった。
詳しく
背景
1748年、南フランスの地中海に面した町フレジュスに生まれた。神学校で学んで聖職者となり、教会の仕事についた。神学校は、聖職者を育てる学校である。そのころのフランスは、聖職者・貴族・平民の3つの身分に分かれている。聖職者と貴族は税を免除されるなどの特権をもち、平民は税を負いながら、政治に意見を言う力はほとんどなかった。シエイエスは啓蒙思想(新しいタブで開きます)の影響を受けた。啓蒙思想は、人間の理性によって古い権威や考えを見直そうとする考え方である。こうしてシエイエスは、身分のしくみを強く批判するようになる。
流れ
1789年初め、シエイエスは小冊子『第三身分とは何か』を出した。平民である第三身分こそが本当の国民だと説き、大きな反響を呼ぶ。同じ年の三部会では、第三身分の代表に選ばれた。三部会は、3つの身分の代表が集まる議会である。シエイエスは三部会を、身分に分かれずに国民を代表する国民議会に改める動きの先頭に立ち、身分制をなくす理論を示した。1792年には、新しく開かれた議会である国民公会(新しいタブで開きます)の議員となる。翌年1月には、国王ルイ16世(新しいタブで開きます)の処刑に賛成した。しかし山岳派(新しいタブで開きます)が力を握ると、反対する人々を次々に捕らえて処刑する恐怖政治(新しいタブで開きます)が始まる。シエイエスは目立つ動きを控え、この時期を生きのびた。
結果
1799年、総裁政府(新しいタブで開きます)の一員だったシエイエスは、ナポレオンと手を結んだ。そして、総裁政府を倒して権力を握るブリュメール18日のクーデタを成功させた。クーデタ直後の臨時政府では、3人の統領の1人となる。しかし政治を動かす力はナポレオンに握られ、まもなく統領を退いた。のちに王政がもどると、国王の処刑に賛成したことを責められて国外へ逃れる。1830年の七月革命(新しいタブで開きます)の後に帰国し、1836年にパリで亡くなった。
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
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1789年初め、シエイエスが出した小冊子の題名は?
- ◯ 『第三身分とは何か』
- ◯ 『統治二論』
- ◯ 『社会契約論』
- ◯ 『法の精神』
正解:『第三身分とは何か』
シエイエスは1789年初めに『第三身分(新しいタブで開きます)とは何か』を出し、平民である第三身分こそが本当の国民だと訴えた。シエイエスが『第三身分とは何か』で訴えた内容として正しいものは?
- ◯ 貴族の特権を守るべきである
- ◯ 第三身分こそを本当の国民と認めるべきである
- ◯ 聖職者だけが政治を行うべきである
- ◯ 国王の力をもっと強めるべきである
正解:第三身分こそを本当の国民と認めるべきである
シエイエスは、平民である第三身分こそが本当の国民だと説いた。この主張は大きな反響を呼び、革命に向かう人々の意見(世論)を動かした。1799年、シエイエスがナポレオンと組んで起こした出来事は?
- ◯ テルミドール9日のクーデタ
- ◯ ヴァレンヌ逃亡事件
- ◯ ブリュメール18日のクーデタ
- ◯ 七月革命
正解:ブリュメール18日のクーデタ
当時の政府である総裁政府(新しいタブで開きます)の一員だったシエイエスは、1799年にナポレオン(新しいタブで開きます)と組んでブリュメール18日のクーデタ(新しいタブで開きます)を起こした。クーデタ直後の臨時政府では、3人の統領の1人となった。
単元のポイント
- 第三身分(新しいタブで開きます) 革命前のフランスで、聖職者(第一身分)と貴族(第二身分)を除いた平民。国民の大多数を占めたが、政治に意見を言う力はほとんどなかった
- 国民議会(新しいタブで開きます) 1789年、身分ごとの代表の会議(三部会)を改めて生まれた議会。のちに3つの身分の議員がそろい、免税など身分による特権をなくすことを決めた
- 統領政府(新しいタブで開きます) ブリュメール18日のクーデタの後にできた政府。シエイエスは初めの臨時政府でナポレオンとともに統領となったが、まもなく退いた