
五カ年計画
フクロウ先生工業化の成功と、無理な集団化で農民が払った大きな犠牲を、セットで押さえよう。
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- 1924年に革命の指導者レーニン(新しいタブで開きます)が亡くなったあと、共産党の書記長スターリンが権力をにぎった。スターリンは、農業国のソ連(新しいタブで開きます)を急いで工業国に変えようとしたのである。
- 1928年に第1次五カ年計画が始まり、国が計画を立てて重工業を育てた。農村では、農民を集団農場(コルホーズ)に入らせる農業集団化が力ずくで進められていく。
- ソ連は世界恐慌(新しいタブで開きます)のなかでも工業の生産を伸ばし、工業国となった。一方、1932〜33年の飢饉で数百万人の農民が亡くなり、スターリンは独裁を強めた。
- いつ
- 1928年に始まる(このページでは第1次〔1928〜1932年〕・第2次〔1933〜1937年〕の計画を中心に扱う)
- どこ
- ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦)
- 誰
- スターリン(ソ連共産党の書記長)
- 何
- 国が5年ごとの計画を立て、重工業を急いで育てるとともに、農業の集団化を進めた
詳しく
背景
ロシア革命(新しいタブで開きます)のあと、ソヴィエト・ロシアでは1921年から新経済政策(ネップ)が行われた。第一次世界大戦(新しいタブで開きます)や内戦で荒れた経済を、立て直すためである。農民が税を納めたあと、残った作物を自由に売ることを認めた政策だった。1922年には、ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)が生まれている。1924年に革命の指導者レーニンが亡くなると、共産党の人事を受け持つ書記長のスターリンが権力を強めていく。スターリンは、ソ連一国だけでも社会主義の社会を築けるとする一国社会主義を唱える。社会主義とは、工場や土地を社会全体のものにする考え方だ。この考えのもとでスターリンは、農業国のソ連を急いで工業国に変えようとした。
流れ
1928年、ソ連は第1次五カ年計画を始めた。国が5年ごとの目標を決め、何をどれだけつくるかまで指示するやり方である。こうした経済のしくみを計画経済という。第1次の計画は、鉄鋼や機械などの重工業を急いで育てることを一番のねらいとした。目標の数字は何度も引き上げられ、建設が急いで進められていく。
農村では、農業集団化が進められた。農民の土地や家畜をまとめ、集団農場(コルホーズ)でいっしょに働かせる政策である。国はコルホーズから穀物を安く集め、都市の労働者の食料や、工業化を進めるための資金にしようとした。1929年の終わりごろから、集団化は力ずくで一気に進められる。豊かな農民を富農(クラーク)という。集団化に反対した農民も富農とされ、財産を奪われて、収容所やシベリアへ送られた。第2次五カ年計画(1933〜1937年)が終わるころには、ほとんどの農家がコルホーズに入っていた。
結果
第1次の計画は目標を達成できなかったが、ソ連は短い間に農業国から工業国へ変わった。このころ、ほかの国々は世界恐慌に苦しんでいたが、ソ連は工業の生産を伸ばし続けている。一方、集団化に反発した農民が家畜を殺したため、家畜の数は大きく減った。国が穀物を取り立て続けたため、1932〜33年には食べ物が足りなくなる飢饉が起こり、数百万人が亡くなった。1930年代後半、スターリンは大粛清を進めた。反対派とされた人々だけでなく、党員や一般の人々までとらえ、処刑したり収容所へ送ったりして、独裁を強めていく。
主な出来事
- 新経済政策(ネップ)が始まる
- レーニンが亡くなり、スターリンが一国社会主義を唱える
- 共産党の大会が、農業の集団化を進めると決める
- 第1次五カ年計画が始まる
- スターリンが「階級としての富農をなくす」と呼びかけ、集団化を一気に進める
- 第1次五カ年計画が終わる。1933年にかけて農村で飢饉が起こる
- 第2次五カ年計画が始まる
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/five-year-plan/?from=print#quiz
1928年に始まったソ連の第1次五カ年計画で、一番のねらいとされたものはどれか。
- ◯ 重工業を急いで発展させること
- ◯ 農民に作物を自由に売らせること
- ◯ 外国から品物を多く輸入すること
- ◯ 工場を民間に返して自由に経営させること
正解:重工業を急いで発展させること
第1次五カ年計画は、鉄鋼や機械などの重工業を急いで発展させ、農業国だったソ連(新しいタブで開きます)を工業国に変えることをめざした。五カ年計画のもとで、農民の土地や家畜を集めてつくった集団農場を何というか。
- ◯ コルホーズ
- ◯ ネップ
- ◯ ソヴィエト
- ◯ コミンテルン
正解:コルホーズ
農民の土地や家畜を集め、集団農場(コルホーズ)で農民をいっしょに働かせた。ほかの国の革命を待たなくても、ソ連だけで社会主義の社会を築けるとして、1924年にスターリンが唱えた考えを何というか。
- ◯ 一国社会主義
- ◯ 自由放任
- ◯ 帝国主義
- ◯ 新経済政策
正解:一国社会主義
スターリンは、ほかの国の革命を待たなくてもソ連一国で社会主義を実現できるとする、一国社会主義を唱えた。五カ年計画の結果について、正しいものはどれか。
- ◯ 世界恐慌のなかでも工業の生産を伸ばして工業国となったが、飢饉で多くの農民が亡くなった
- ◯ すべての分野で計画の目標が予定より早く達成され、人々の生活が安定した
- ◯ 世界恐慌の影響で、工業の生産が大きく落ちこみ、農業国にもどった
- ◯ 集団農場をつくったことで家畜の数が大きく増え、農村の暮らしは豊かになった
正解:世界恐慌のなかでも工業の生産を伸ばして工業国となったが、飢饉で多くの農民が亡くなった
ソ連は短い間に工業国へ変わり、世界恐慌(新しいタブで開きます)のなかでも工業の生産を伸ばした。一方、農民を無理に集団農場へ入らせ、国が穀物を取り立て続けたため、1932〜33年に深刻な食料不足(飢饉)が起こった。
単元のポイント
- 新経済政策(ネップ) 1921年にソヴィエト・ロシアが始め、翌年に生まれたソ連が続けた政策。農民が税を納めた残りの作物を自由に売ることを認め、経済を立て直した
- 書記長 共産党の役職。党の人事を受け持ち、スターリンはこの地位を足場に権力を強めた
- 一国社会主義 ほかの国の革命を待たなくても、ソ連一国だけで社会主義の社会をつくれるとする考え。1924年にスターリンが唱えた
- 計画経済 国が計画を立てて、何をどれだけつくるかを決める経済のしくみ
- 重工業 鉄鋼や機械など、重くて大きな製品をつくる工業
- 農業集団化 農民の土地や家畜をまとめ、集団農場で共同で働かせた政策
- コルホーズ 農業集団化でつくられた集団農場
- 富農(クラーク) 豊かな農民。集団化に反対した農民もこの名でよばれ、財産を奪われた
- 大粛清 1930年代後半にスターリンが進めた大量の逮捕と処刑。反対派とされた人だけでなく、党員や一般の人々も対象になった