シャルル10世
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- ルイ16世(新しいタブで開きます)の弟で、フランス革命(新しいタブで開きます)が始まるとすぐ国外へ逃れ、外国から革命に反対する運動を進めた。
- 1824年に国王となり、革命で土地を失った亡命貴族に、国のお金で償う法律をつくった。
- 1830年に出版の自由をうばう七月勅令を出し、七月革命(新しいタブで開きます)が起こって王位を追われた。
詳しく
背景
1757年、ヴェルサイユで生まれた。国王ルイ15世の孫で、兄にルイ16世と、のちに国王となるルイ18世がいる。国王になる前は、アルトワ伯という貴族の呼び名で知られていた。1789年にフランス革命が始まると、すぐに国外へ亡命した。亡命とは、政治的な考えのちがいなどで迫害を受けるのを避けて、外国へ逃れることである。外国にいたあいだは、同じく国を出た亡命貴族を率いて、革命に反対する運動を進めた。
流れ
1814年、ナポレオン(新しいタブで開きます)が退くと兄のルイ18世が国王となり、革命で倒れたフランス王家(ブルボン家)の王政がもどった。これを王政復古という。1830年まで続くこの王政を復古王政(新しいタブで開きます)とよぶ。シャルルもフランスに帰る。シャルルは、革命前の特権を取りもどそうとする過激王党派の中心となった。過激王党派には、亡命貴族や大地主、教会の聖職者が多かった。1824年に兄が亡くなると、シャルルが国王となる。翌年には、革命前の王たちのしきたりどおりに、王が冠を受ける儀式(戴冠式)を行った。また、革命で土地を取り上げられた亡命貴族に、国のお金で償う十億フラン法をつくった。
結果
こうした政治に反発して、出版の自由や議会の力を守ろうとする自由主義(新しいタブで開きます)の運動が広がった。1830年の選挙では、政府に反対する議員が多数を占める。するとシャルル10世は7月、出版の自由をうばい、選挙権をもつ人を減らす命令である七月勅令を出した。怒ったパリの民衆が立ち上がり、七月革命が起こる。シャルル10世は孫に王の位を継がせようとしたが認められず、イギリスへ逃れた。1836年、亡命先で亡くなった。
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/charles-x/?from=print#quiz
シャルル10世の兄で、フランス革命が始まったときの国王は?
- ◯ ルイ=フィリップ
- ◯ ナポレオン3世
- ◯ ルイ14世
- ◯ ルイ16世
正解:ルイ16世
シャルル10世はルイ16世(新しいタブで開きます)とルイ18世の弟である。兄のルイ16世は、フランス革命(新しいタブで開きます)が始まったときの国王だった。国王となったシャルル10世が、亡命貴族のために定めた法の内容は?
- ◯ 聖職者の特権をなくす
- ◯ すべての男性に選挙権を与える
- ◯ 貴族にかける税を増やす
- ◯ 革命で失った土地を、国のお金で償う
正解:革命で失った土地を、国のお金で償う
シャルル10世は、革命で土地を取り上げられた亡命貴族に、国のお金で償う十億フラン法をつくった。革命前に近い政治にもどそうとする政策の一つだった。1830年、シャルル10世が七月勅令を出したことがきっかけで起こった出来事は?
- ◯ ブリュメール18日のクーデタ
- ◯ 七月革命
- ◯ 二月革命
- ◯ 八月十日事件
正解:七月革命
七月勅令は、出版の自由をうばい、選挙権をもつ人を減らす命令だった。これに怒ったパリの民衆が立ち上がり、七月革命(新しいタブで開きます)が起こった。シャルル10世は王位を追われた。
単元のポイント
- 亡命貴族 フランス革命の時期に国外へ逃れた貴族や聖職者。多くは外国の助けを借りて革命をつぶそうとした
- 王政復古 1814年、ナポレオンが退いたあとにルイ18世が国王となり、革命で倒れたフランス王家(ブルボン家)の王政がもどったこと
- 七月勅令 1830年7月にシャルル10世が出した命令。選挙で勝った反対派を抑えるため、出版の自由をうばい、選挙権をもつ人を減らそうとした