反革命
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- 反革命とは、革命に反対する運動や勢力で、革命前のしくみを取りもどす動きと、革命を前もっておさえる動きがある。
- フランス革命(新しいタブで開きます)では、国外へ逃れた貴族が外国と結び、国内でも国王を支持する人々が加わった反乱が起きた。
- ウィーン会議(新しいタブで開きます)(1814〜1815年)で生まれたウィーン体制では、主要な国が協力して革命や自由を求める運動をおさえた。
詳しく
背景
1789年に始まったフランス革命は、国王を中心とする古い政治と社会のしくみを大きく変えた。古いしくみのもとで力のあったキリスト教会の聖職者や貴族、役人の中には、これに強く反発する人々がいた。このように革命に反対する運動や勢力を反革命という。この言葉は、1790年に革命の指導者の一人だったダントン(新しいタブで開きます)が初めて使ったといわれる。1792年には国王ルイ16世(新しいタブで開きます)を罪に問う文書にも使われ、やがて政治の言葉として広まっていく。
考え方の中身
反革命には、大きく分けて2つの形がある。1つは、古い支配者やその支持者が、革命前のしくみを取りもどそうとする動きである。フランス革命が始まると、多くの王族や貴族、聖職者が国外へ逃れた。こうした人々を亡命貴族という。彼らはオーストリアなどの助けを受けて革命政府を倒そうとし、国内の反乱もあおった。1793年3月には、フランス西部でヴァンデーの反乱が起きる。30万人を兵士として集める命令に反発した農民に、国王による政治を取りもどそうとする王党派や聖職者が加わった。もう1つは、その時に国を治めている政府が、革命が起こる前におさえこもうとするものだ。
影響
1793〜1794年、革命政府は反革命派や反対派とみなした人々を捕らえ、革命裁判所(新しいタブで開きます)で裁いて多くを処刑した(恐怖政治(新しいタブで開きます))。1814年にナポレオン(新しいタブで開きます)が力を失うと、王家だったブルボン家の王政がもどり(王政復古)、1830年まで続く復古王政(新しいタブで開きます)が始まる。オーストリアのメッテルニヒ(新しいタブで開きます)らを中心にウィーン体制がつくられ、自由や民族の独立・統一を求める運動はおさえられた。これは、革命を前もっておさえる反革命の例とされる。
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/counter-revolution/?from=print#quiz
反革命の意味として正しいものは?
- ◯ 国王を倒して、国民が代表を選ぶ共和政をつくる運動
- ◯ 革命に反対し、古いしくみを取りもどそうとしたり、革命をおさえこもうとしたりする運動
- ◯ 工場や機械を使って、物を大量につくるようになる変化
- ◯ ばらばらの国々をまとめて、1つの国をつくる運動
正解:革命に反対し、古いしくみを取りもどそうとしたり、革命をおさえこもうとしたりする運動
反革命は、革命に反対する運動や勢力のことである。革命の前のしくみを取りもどそうとする動きと、革命が起こるのを前もっておさえる動きがある。フランス革命(新しいタブで開きます)のさなかに広まった言葉で、1790年にダントン(新しいタブで開きます)が初めて使ったといわれる。1793年3月にフランス西部で起こり、兵士を集める命令に反発した農民に王党派が加わった反革命の反乱は?
- ◯ テルミドール9日のクーデタ
- ◯ ヴァンデーの反乱
- ◯ バスティーユ牢獄襲撃
- ◯ ヴァレンヌ逃亡事件
正解:ヴァンデーの反乱
ヴァンデーの反乱は、1793年3月にフランス西部のヴァンデー地方で起きた。30万人を兵士として集める命令に反発した農民に、国王による政治を取りもどそうとする王党派や聖職者が加わった。ウィーン体制が反革命の例とされる理由として、正しいものは?
- ◯ 財産に関係なく、大人の男性に選挙権を広げたから
- ◯ 各地の民族が独立して国をつくるのを助けたから
- ◯ フランス国王ルイ16世を裁判にかけて処刑したから
- ◯ 主要な国が協力し、革命や自由を求める運動をおさえようとしたから
正解:主要な国が協力し、革命や自由を求める運動をおさえようとしたから
ナポレオン(新しいタブで開きます)後のヨーロッパでは、オーストリアのメッテルニヒ(新しいタブで開きます)らが中心となってウィーン体制(新しいタブで開きます)がつくられた。主要な国が協力して、革命や自由を求める運動をおさえようとした。革命を前もっておさえる反革命の例とされる。
単元のポイント
- 亡命貴族 フランス革命が始まると国外へ逃れた貴族や聖職者。外国の助けを借りて革命を倒そうとした
- 王党派 国王による政治を守ろう、または取りもどそうとした人々
- ヴァンデーの反乱 1793年3月、フランス西部のヴァンデー地方で起きた反乱。兵士を集める命令に反発した農民に、王党派や聖職者が加わった
- 王政復古 1814年、フランスの元の王家であるブルボン家の王が、ふたたび国を治めるようになったこと