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立憲君主政(りっけんくんしゅせい)

イギリス・フランスなどヨーロッパ

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  1. 国王(こくおう)を残(のこ)したまま、その力(ちから)を憲法(けんぽう)や議会(ぎかい)の決(き)まりで制限(せいげん)する政治(せいじ)のしくみ。絶対王政(ぜったいおうせい)(新しいタブで開きます)とは反対(はんたい)の形(かたち)。
  2. イギリスでは名誉革命(めいよかくめい)(新しいタブで開きます)の後(のち)、1689年(ねん)の権利(けんり)の章典(しょうてん)で、税(ぜい)をかけるには議会(ぎかい)の承認(しょうにん)が必要(ひつよう)とされた。
  3. フランスでは1791年(ねん)の憲法(けんぽう)でとられたが、翌年(よくねん)8月(がつ)に民衆(みんしゅう)が立(た)ち上(あ)がって王(おう)の権力(けんりょく)が停止(ていし)され、9月(がつ)に王政(おうせい)が廃止(はいし)された。

詳しく

背景(はいけい)

17世紀(せいき)のイギリスでは、国王(こくおう)と議会(ぎかい)の対立(たいりつ)が続(つづ)いていた。ピューリタン革命(かくめい)(新しいタブで開きます)(1642年(ねん)〜)では、国王(こくおう)が処刑(しょけい)され、王政(おうせい)がいったん廃止(はいし)されたこともある。1688〜89年(ねん)の名誉革命(めいよかくめい)で、国王(こくおう)ジェームズ2世(せい)がフランスへ逃(のが)れる。議会(ぎかい)は、国王(こくおう)に治(おさ)められる人々(ひとびと)の権利(けんり)や議会(ぎかい)の自由(じゆう)を、古(ふる)くからのものとして掲(かか)げた権利(けんり)の宣言(せんげん)を出(だ)した。ウィリアム3世(せい)とメアリ2世(せい)はこの宣言(せんげん)を認(みと)め、共同(きょうどう)で王位(おうい)についている。

考(かんが)え方(かた)の中身(なかみ)

立憲君主政(りっけんくんしゅせい)は、国王(こくおう)(君主(くんしゅ))を残(のこ)したまま、その力(ちから)を憲法(けんぽう)や議会(ぎかい)の決(き)まりで制限(せいげん)する政治(せいじ)のしくみである。国王(こくおう)が議会(ぎかい)にほとんどしばられずに治(おさ)める絶対王政(ぜったいおうせい)とは、反対(はんたい)の形(かたち)だといえる。

イギリスでは、権利(けんり)の宣言(せんげん)をもとに1689年(ねん)に権利(けんり)の章典(しょうてん)が定(さだ)められた。税(ぜい)をかけるときなどには議会(ぎかい)の承認(しょうにん)が必要(ひつよう)とされ、立憲君主政(りっけんくんしゅせい)の土台(どだい)ができたのである。イギリスには一(ひと)つにまとまった憲法(けんぽう)の文書(ぶんしょ)はなく、こうした法律(ほうりつ)や慣習(かんしゅう)が、国王(こくおう)の力(ちから)をおさえる決(き)まりとして積(つ)み重(かさ)なっていった。

影響(えいきょう)

フランス革命(かくめい)(新しいタブで開きます)では、1791年(ねん)に定(さだ)められたフランス最初(さいしょ)の憲法(けんぽう)が立憲君主政(りっけんくんしゅせい)をとった。しかし、この形(かたち)は1年(ねん)ほどしか続(つづ)かなかった。1792年(ねん)8月(がつ)、パリの民衆(みんしゅう)が武器(ぶき)を取(と)って立(た)ち上(あ)がると王(おう)の権力(けんりょく)が停止(ていし)され、9月(がつ)に王政(おうせい)は廃止(はいし)された。のちのプロイセンやドイツ帝国(ていこく)(新しいタブで開きます)のように、憲法(けんぽう)があっても君主(くんしゅ)が強(つよ)い力(ちから)を持(も)ち続(つづ)けた国(くに)もある。

確認問題

問題 1 / 2国王(こくおう)などの君主(くんしゅ)を残(のこ)したまま、その力(ちから)を憲法(けんぽう)や議会(ぎかい)の決(き)まりで制限(せいげん)する政治(せいじ)のしくみを何(なん)というか。

確認問題(解答用紙)

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https://manazoo.com/history/constitutional-monarchy/?from=print#quiz

  1. 国王(こくおう)などの君主(くんしゅ)を残(のこ)したまま、その力(ちから)を憲法(けんぽう)や議会(ぎかい)の決(き)まりで制限(せいげん)する政治(せいじ)のしくみを何(なん)というか。

    • ◯ 立憲君主政(りっけんくんしゅせい)
    • ◯ 共和政(きょうわせい)
    • ◯ 絶対王政(ぜったいおうせい)

    正解:立憲君主政
    立憲君主政(りっけんくんしゅせい)では、国王(こくおう)がいても憲法(けんぽう)や議会(ぎかい)が国王(こくおう)の力(ちから)を制限(せいげん)する。国王(こくおう)が議会(ぎかい)にほとんどしばられずに治(おさ)める絶対王政(ぜったいおうせい)(新しいタブで開きます)とは反対(はんたい)の形(かたち)である。共和政(きょうわせい)は、国王(こくおう)を置(お)かない政治(せいじ)の形(かたち)である。

  2. 名誉革命(めいよかくめい)のあと1689年(ねん)にイギリスで定(さだ)められ、税(ぜい)をかけることなどには議会(ぎかい)の承認(しょうにん)が必要(ひつよう)とされた法律(ほうりつ)を何(なん)というか。

    • ◯ 人権宣言(じんけんせんげん)
    • ◯ 独立宣言(どくりつせんげん)
    • ◯ ナポレオン法典(ほうてん)
    • ◯ 権利(けんり)の章典(しょうてん)

    正解:権利の章典
    権利(けんり)の章典(しょうてん)は、ウィリアム3世(せい)とメアリ2世(せい)が即位(そくい)のときに認(みと)めた権利(けんり)の宣言(せんげん)をもとに定(さだ)められた。イギリスの立憲君主政(りっけんくんしゅせい)の土台(どだい)になった。

単元のポイント

  • 権利(けんり)の章典(しょうてん) 1689年(ねん)にイギリスで定(さだ)められた法律(ほうりつ)。税(ぜい)をかけることなどには議会(ぎかい)の承認(しょうにん)が要(い)ると決(き)め、立憲君主政(りっけんくんしゅせい)の土台(どだい)になった
  • 絶対王政(ぜったいおうせい)(新しいタブで開きます) 議会(ぎかい)による制約(せいやく)が弱(よわ)く、国王(こくおう)が強(つよ)い力(ちから)で国(くに)を治(おさ)める政治(せいじ)のしくみ

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  • 権利(けんり)の章典(しょうてん) 1689年(ねん)にイギリスで定(さだ)められた法律(ほうりつ)。税(ぜい)をかけることなどには議会(ぎかい)の承認(しょうにん)が要(い)ると決(き)め、立憲君主政(りっけんくんしゅせい)の土台(どだい)になった
  • 絶対王政(ぜったいおうせい)(新しいタブで開きます) 議会(ぎかい)による制約(せいやく)が弱(よわ)く、国王(こくおう)が強(つよ)い力(ちから)で国(くに)を治(おさ)める政治(せいじ)のしくみ