制限選挙
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- 制限選挙は、財産や納めた税の額、性別などで、選挙権を一部の人に限るしくみである。
- 19世紀前半のイギリスやフランスでは、財産や納税などの条件があり、投票できる男性は一部に限られた。
- 選挙権を広げる要求が強まり、フランスでは1848年の二月革命(新しいタブで開きます)で男子普通選挙(新しいタブで開きます)に変わった。
詳しく
背景
選挙で投票する権利を選挙権という。財産や納めた税の額、性別などで、この選挙権を一部の人に限るしくみを制限選挙という。市民革命の時代にも、選挙権はすべての人がもつ権利とは考えられていなかった。17世紀のピューリタン革命(新しいタブで開きます)のとき、イギリスの平等派(レベラーズ)というグループは、財産による制限のない選挙権を求めた。しかし、クロムウェルの革命政権は、選挙権は財産を持つ者の特権だとしてこれを退けている。
流れ
フランス革命(新しいタブで開きます)が始まってからも、1792年8月までは、納める税の額などで選挙権を持てない男性が300万人ほどいた。1793年の憲法には、財産による制限のない男子普通選挙が定められた。しかし、戦争や国内の反乱のために実施が止められ、行われないまま終わる。1830年の七月革命(新しいタブで開きます)で始まった七月王政(新しいタブで開きます)でも、制限は続いている。1831年の選挙法で、選挙権は原則として1年に200フラン以上の税を納める25歳以上の男性に限られた。王政の終わりごろでも投票できる人は20万人あまりで、首相のギゾー(新しいタブで開きます)もこの制限を変えようとしなかった。イギリスでも、1832年の選挙法改正の前は、選挙権を持つ大人の男性はごく一部だった。
結果
19世紀に労働者の力が強まると、選挙権を広げる要求が高まった。フランスでは1847年から、選挙法の改正を求める改革宴会が各地で開かれる。政府がこれを禁じたため、1848年に二月革命が起こり、七月王政は倒れた。革命後の臨時政府は財産による制限をなくした男子普通選挙を取り入れ、4月に議員を直接選ぶ選挙を実施している。イギリスでも1867年の選挙法改正で、条件を満たす都市の男性労働者に選挙権が広がった。
確認問題
確認問題(解答用紙)
スマホやタブレットで読み取ると、この問題をその場で解けます。
https://manazoo.com/history/limited-suffrage/?from=print#quiz
制限選挙の説明として正しいものは?
- ◯ 財産や納めた税、性別などで、選挙権を一部の人に限るしくみ
- ◯ 財産や性別に関係なく、大人に広く選挙権を認めるしくみ
- ◯ 選挙を行わず、国王が議員をすべて自分で選ぶしくみ
- ◯ 選挙を行わず、くじで代表を決めるしくみ
正解:財産や納めた税、性別などで、選挙権を一部の人に限るしくみ
制限選挙は、財産や納めた税の額、性別などで選挙権を限るしくみである。これに対して、こうした制限をなくした選挙を普通選挙(新しいタブで開きます)という。歴史の上では、財産による制限をなくし、男性だけに選挙権を認めた男子普通選挙も普通選挙と呼ばれる。1831年の選挙法で、原則として1年に200フラン以上の税を納める25歳以上の男性に選挙権を限ったフランスの王政は?
- ◯ 総裁政府
- ◯ 七月王政
- ◯ 統領政府
- ◯ 第二帝政
正解:七月王政
七月王政(新しいタブで開きます)は、1830年の七月革命(新しいタブで開きます)で始まったルイ=フィリップ(新しいタブで開きます)の王政である。末期でも投票できる人は20万人あまりで、首相のギゾー(新しいタブで開きます)もこの制限を変えようとしなかった。1848年、選挙法の改正を求める集会(改革宴会)を政府が禁じたことから起こった革命は?
- ◯ 二月革命
- ◯ 名誉革命
- ◯ 七月革命
- ◯ フランス革命
正解:二月革命
1847年から各地で開かれた改革宴会を政府が禁じると、1848年2月に二月革命(新しいタブで開きます)が起こった。革命後の臨時政府は、財産による制限をなくした男子普通選挙を取り入れた。
単元のポイント
- 選挙権 選挙で投票する権利
- 七月王政(新しいタブで開きます) 1830年の七月革命で始まった、ルイ=フィリップ(新しいタブで開きます)を国王とするフランスの王政。1848年の二月革命まで続いた
- 改革宴会 選挙法の改正を求めて、宴会の形で開かれた集会。1847年からフランス各地で開かれた
- 選挙法改正 イギリスで、選挙権を持つ人の範囲を広げた法律の改正。1832年と1867年などに行われた